経済再建のための資金を必要とする切迫した事情がある固に対しては、経常収支の黒字額とは関係なく、積極的な資金援助を行っていくことも必要であろう。
欧州通貨危機とは。
EMS、ERMとは。
石油ショック前のころ、英国の一ポンドは一OOO円近い価値があった。
一OOO円といえば東京の喫茶庖でコーヒーが二十杯は飲めた時代である。
それがいまや一ポンドでは一杯のコーヒーも飲めない。
この二十年ほどのあいだに経済が成長した国と凋落した国の差だといえばそれまでだが、英国の場合にはECの一員であることが災いしている部分もある。
一九七九年、ECはポンド、フラン、マルク、リラといった主要通貨のあいだの為替変動を一定の範囲内に収めるという特殊な通貨制度、「欧州通貨制度(EMS)」を発足させた。
変動幅は中心レ−トの上下二・二五%とかなり狭く、域内についてはかぎりなく固定相場制に近い制度であり、また域外に対しては通常の変動相場制になっている。
ECがこのような通貨制度をあえてとったのは、域内通貨間の相対価値の固定化を通じて、ゆくゆくは単一の通貨、「欧州通貨単位ECU」に統合するというもくろみがあったからである。
もちろん為替相場は生きものであるから、このような狭い範囲の変動幅に抑え込むためには各国中央銀行の介入が不可欠になってくる。
介入のポイントは、ニ・二五%という各通貨相互の変動幅とは別に、ECUとの交換比率の変動によっても示唆され、各国中央銀行は対象となる通貨の相殺売買を無制限に行う義務を負うことになった。
この介入義務をともなう国際金融のしくみはどうなっているか。
システムを「為替相場メカニズム(ERM)」という。
ECUはいわば、メートルでもヤードでも尺でもいっぺんに測れる、一本の万能モノサシなのである。
九二年九月、ポンドは突如、マルクに対して急落し始めた。
円に対してもニ五O円前後を保っていたのが、あっというまに二OO円台になった。
もちろんイングランド銀行は莫大な資金を投じてポンドを買い支えたが、結局ERMからの離脱を余儀なくされた。
このとき閉じ道をたどったのはイタリアのRだった。
そして明けて九三年の八月、こんどはフランス・フランとデンマーク・クローネの番である。
ドイツの高金利政策の前に欧州の主要通貨が次々に餌食になっていった。
結局ERMは、その変動幅は二・二五%から一五%へと大幅に拡大せざるをえなくなり、かぎりなく変動相場制に近いものに変わってしまった。
こうした一連の欧州通貨危機をもたらした原因はなんといってもドイツの高金利政策にある。
ERMに留まろうとすればどの国も金利を高めに維持しなければならず、経済の弱いところから順に音をあげる結果になった。
そして、為替相場がそれに正直に反応したまでである。
しかし、そもそも経済のファンダメンタルズの格差が大きい国の通貨同士をむりやり固定化しようとするところにも問題がある。
また、ERMに留まるために各国が投じた莫大な買い支え資金の、圏内経済に対するデフレ効果も無視できない。
いずれにせよ、今回の通貨危機はERMのかかえる問題点を露呈しただけでなく、今世紀中に予定されているECUへの通貨統合に大きな不安材料を投げかけるものとなった。
ECUとはなにか。
ECの通貨統合の構想は一九七O年、ウェルナー報告にまでさかのぼることができる。
これは、通貨統合をも念頭に置いた将来のECの金融政策のありかたを模索したもので、そのなかで主張されている「域内固定相場制」、「EC中央銀行」といったいくつかのドラスティックな考え方は、今日の統合ECの金融政策の基礎となっている。
七二年、主要通貨間の変動幅を中心レ−トの上下ニ・ニ五%以内に収めるという方式を取り始めた。
その後、石油ショックによるスタグフレーションのせいで離脱組が出てきて、この方式は一時後退を余儀なくされるが、七九年には、域内の通貨協力体制を強化する意味でEMS(欧州通貨制度)が発足される。
当然、各国の通貨当局はあらゆる通貨を用いてこのニ・二五%という変動幅の維持のために介入を行うわけである(ERM)。
このとき、すべての通貨の共通の尺度として設けられた単位がECU(欧州通貨単位)である。
ECUとは、EC加盟国の通貨によって構成された「通貨バスケット」のことである。
わかりやすくいえば、「バスケット」とは何もかもが少しずつ入っている幕の内弁当のようなものである。
つまり、ポンド、フラン、マルク、クローネといった通貨が一定量ずつ入った架空の弁当箱が通貨バスケット、つまりECUなのである。
そして一ポンドは二エキュとか、国際金融のしくみはどうなっているか。
一フランは一Oエキュといった測り方がされる。
しかしながら、各国通貨を一度に廃して単一の通貨単位、ECUへと統合するのは無理がある。
なかには何百年も流通してきた通貨も少なくない。
しかしそのことよりも、各通貨とECUとの交換比率、いい換えると一エキュのなかにポンドはいくら入れればよいか、マルクはいくら入れればよいかを算定する基準となるものが必要である。
EMSのめざす域内固定相場制はいうまでもなくその基準づくりのための制度である。
通貨統合を実現するには、EMS内の通貨が互いに安定した相場関係をつづけなければならない。
しかも金融当局の介入も必要とせずにである。
そして、そのためにはそれぞれの経済の力(パフォーマンス)が同程度のもので、しかもそれが安定していなければならない。
この状態をECは経済の「収束」と呼び、EC経済統合が通貨・金融制度の一本化という最終段階に入るためのもっとも重要な条件としている。
しかしながら、この試みは九二年から九三年にかけての通貨危機によって大きく後退することになった。
ポンド、リラ、フランまでが相次いでERMから離脱、二十年以上にわたって維持しつづけてきた二・二五%という変動幅は事実上崩壊し、いっきに一五%にまで拡大するはめになった。
その元凶はドイツの自国本意の高金利政策にあった。
こうしたEC内での足なみの乱れは将来の通貨統合、さらには政治統合にとって大きな禍根を残すことになるかもしれない。
世界三大金融市場はこれからどうなる。
一九八0年代後半、日本経済にバブルが発生することになった背景には自由化にともなう金融市場の拡大期待があった。
さまざまなビジネス機会を求めて外国金融機関の東京市場参入が相次ぎ、これにともなうオフィス需要の増大などにより不動産価格はうなぎのぼりになった。
内外の資金が、より高い収益をあげられる場所を求めて右往左往するようになったのである。
とりわけ、長期的な低金利の傾向は、高い株価と不動産価値と相まって東京の資金調達市場としての価値を高めた。
ところで、金融取引の国際化はロンドンにおいて始まる。
ことに五0年代、国際収支の悪化からポンドの圏外流出を恐れた英国政府は、ドルによる決済を奨励した。
このため英国の各銀行はドル預金に目をつけ、ドル建てでの貸し出しにカを入れるようにした。
そして、政府もイングランド銀行も、この種の取引に対し原則としてなんの制約も設けなかったことは大きかった。
クレジットカードの真髄を極めてみませんか?クレジットカードのお得さが好評です。
クレジットカードの店舗情報です。クレジットカードの定番として根強い人気があります。
クレジットカードだけ買えば良かった。生まれ変わった最新のクレジットカードです。
jcbは、他と見比べて似通ったjcbの広告になっていないか、ということです。
jcbの店舗情報です。jcbに磨きをかけることができます。
快適な暮らしを実現するためのjcbの最安価格が変動しています。プロユーザー御用達のjcbです。
visaカードは自分でもできます。visaカードキャンペーンを実施中です。
以前のvisaカードです。visaカードの総合販売サイトです。
いろんなvisaカードが一般的になってきました 。業者向けのvisaカードサービスです。
あえてビザカードについて解説いたします。生まれ変わった最新のビザカードです。
オンリーワンのビザカードです。ビザカード探しならお任せください。
ビザカードの理解を深めましょう。日本最大のビザカードサイトです。
マスターカードを無料で提供します。マスターカードのリリースをアナウンスします。
マスターカードを見つけましょう。顧客満足度の高いマスターカードを選びましょう!
今マスターカードを無料で提供します。この春はマスターカードで盛り上がりましょう!
クレジットカード visaとコラボレートしてみました。クレジットカード visaの為になる情報です。
クレジットカード visaはすぐに役立ちます。あなたの夢を実現するクレジットカード visaが満載です。
ターゲットに応じたクレジットカード visaは世界各国で実践されています。クレジットカード visaのお役立ちコンテンツ満載です。


